Imaginantia

思ったことを書きます

線形空間のおはなし

線形空間の扱いの基本的な話をしましょう。何がしたいのか、何ができるのか、何ができないのか。 これの補足です。

線形空間

ある空間として、「あ」から「の」までの25文字が入った空間を考えます。例えば「み」は入ってません。「つ」は入ってます。

今私達にできることは…大してありません。空間に入っている構造は未だ何もありません。

ここでこの空間が「(2次元・整数係数) 線形空間」であるということを知りました。さて、何が変わるでしょうか。

  • 線形空間は点同士を「足す」ことができる空間です。例えば…「い」と「け」を足したら「た」になりました。
  • また、今回の空間は整数倍することができます。例えば…「き」を3倍したら「さ」になりなした。

演算の結果がどうなるかは未だよくわかりません。でも、線形空間であることを知っていると基底という概念を使って座標を導入することができます。 基底とは、世界の基本的な測りの単位のことです。ある点を使って他の点を表すことで、世界の構造を単純化したいのです。

今回は2次元線形空間なので、2つの「整数倍によって重なり合わない点」を選択することで基底を構成できます。例えば「に」と「お」。

このとき、線形空間であることによって、すべての点は「に」の整数倍と「お」の整数倍の和で表せることがわかります。すなわち各々の整数倍する値を覚えておけば点が表せます。順番に (a,b) のように表すことにしましょう。

例えば明らかにに = (1,0)で、お = (0,1)です。他に調べてみるとい = (1,3)や、け = (2,3)などがわかりました。すると「た」が何に相当するかがこの時点で確定します。

というのも、基底によって値を表現したとき、この座標は元の演算を反映しているのです。だから、そのまま、た = (1,3) + (2,3) = (3,6)となります。

言いたいこととしては、(仮定の無い) 線形空間には座標は無いということ。そして適当な基底を選べば好きに座標系が作れるということです。


さて、当然ながらこの基底は今好きに選択したものです。他にも「し」「え」などの2点を選択することによって基底が構成でき、座標系を生み出すことができます。 実際に「し」「え」を順番に基底としたときの座標系を <c,d>と表すことにすると、し = <1,0>、え = <0,1>がわかります。

また、具体的に調べてみるとい = <-3,2>であることがわかったとしましょう。先程の(1,3)とは異なる値になったわけです。

でも、実はこの関係が計算できます。 「し」と「え」は、「に」と「お」による座標系で し = (1,-1)、え = (2,0)と表せることが、調べたらわかりました。 そうするとい = -3×し + 2×え = -3×(1×に-1×お) + 2×(2×に+0×お) = 1×に+3×おになります。つまりい = (1,3)であることが、基底と基底の関係を調べることでわかりました。

つまりはどんな基底を拾ったとしても、空間の扱い方は何も変わらないのです。好きな基底であとから書き直すことが容易にできます。基底の選び方は、自由です。

基底に依らない一貫性

本来、基底はなんでもいいものです。それが線形空間という世界で、基底は私達が扱いやすい「座標」という形式に一時的に変換するための機構だったのです。 しかし、例えば「点を、『に』『お』基底で表したときの最初の値」みたいな関数を考えると、これは基底に依存する関数になります。

それだけではなく、点から整数を抜き出せる関数はすべて基底に依存するものになります。(1,3)のように座標を抜き出した場合なら基底の情報を持っているので情報を復元することができますが、ただの「整数」にまで堕ちてしまった値は、座標を持たない線形空間としての純粋な性質を喪失してしまったものになるのです。

「『あ』に等しいなら1、そうでないなら0」みたいな関数は、集合としての構造を用いたものです。線形空間としての機能のみで値を抽出したい現在、このような関数に意味はありません。

これはつまり、線形空間は本質的に長さを測れないということです。どうにかして整数のようなスカラー値を取り出したいなら、基底に依らない値であることを保証しなければなりません。

内積

そんな中出てくるのが内積です。これは「基底に含まれる任意の2点」に対してスカラー値を提供することで定義され、例えば (a,b)・(c,d) で (a,b) と (c,d) の内積を表すとすると

  • (a,b)・(c,d)
  • = (a×(1,0) + b×(0,1))・(c×(1,0) + d×(0,1))
  • = ac × (1,0)・(1,0) + (bc+ad) × (1,0)・(0,1) + bc × (0,1)・(0,1)

となるので、太字の3つの値があれば値が決まるようになってます。これは内積の持つ双線形性と対称性から来ています。

では例えば、「に」「お」基底で表現していたとしたとき、次のように好きに値を定めてみます:

  • (1,0)・(1,0) = 5
  • (1,0)・(0,1) = 2
  • (0,1)・(0,1) = 4

するとこれは内積として振る舞います。正確に言うと内積が数学的に定義として要求する全条件を満たします。

線形空間に元々内積があるわけではなくて。後からこんな測り方をしてみたらどうかなってことで内積を作ったという状況です、これは。そうすると「内積が付随する線形空間」になるわけです。

計算してみると例えば し・た = (1,-1)・(3,6) = (1×3)×5 + (-1×3+1×6)×2 + (-1×6)×4 = -3 です。

そしてこの計算方法は、本質的に基底に依存していないことがわかります。「し」「え」座標系では<1,0>=(1,-1)、<0,1>=(2,0)でした。つまり:

  • <1,0>・<1,0> = (1,-1)・(1,-1) = 9
  • <1,0>・<0,1> = (1,-1)・(2,0) = 6
  • <0,1>・<0,1> = (2,0)・(2,0) = 20

として、異なる基底上での同じ内積を計算できます。だからこれは望ましいのです。

さて、ところでた = (-2,1)、の = (0,-2)であることが (調べたら) わかりました。このとき:

  • (-2,1)・(-2,1) = 1
  • (-2,1)・(0,-2) = 0
  • (0,-2)・(0,-2) = 1

であることが計算によってわかります。

実は全部 \mathbb{Z}/5\mathbb{Z} の上の計算だったんですが、さすがに綺麗に収められなくなったのでごまかしました (16 = 1)。

これは内積の最もシンプルな形です。た・の = 0 ということは完全に「た」と「の」が分離された方向になっていることを表し、た・た = の・の = 1 は各軸の測りの長さが1であることを表せます。

今回の「た」「の」座標系を[a,b]のように表すと、内積は次で計算されます。

  • [a,b]・[c,d] = ac×1 + (bc+ad)×0 + bd×1 = ac + bd

これが所謂内積の定義ですね。うまい基底を取ると、もうそれだけで「世界構造の良い分離」ができたことになるわけです。まぁこれは世界に予め内積がある場合の話ですが。

まとめ?

雑多に書いたのでよくわからんことになっています。内積があって初めて軸と軸の間に関係性が生まれるみたいなのは前にも書いたわけですが、それをもうちょっと丁寧に書いた感じです。

内積を使って何ができるのか、はよくわかりませんね。でもとりあえず「ある軸方向に測る」ことができるのは確かでしょうか。特に世界がどの方向を向いていても良い、というのは物理世界に合致したモデルです。世界は回転するので。

線形空間の「点」から「長さ」の概念を抜くと「向き」になります。そうなった2つの点で内積を測ると、「如何にその軸を向いているか」を表す量が返ってくることになりますね。基準となる軸を基底に含むような座標系を新たに考えれば、他の軸向きは全て内積が0であるため、唯一1が返る「その軸自身」についての相関が取れるわけです。

「回転」は、計算しやすい内積としての性質を保つのです。元々直交していれば直交 (つまり0)、長さは変えない (つまり1)。

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たのしいですね。


補足?


ちなみに今回のモデルとなった空間はこんな感じでした。どうでもいいですね。(本当にどうでもいいんですよ。こういうのは。)

 01234
0とたちつて
1のなにぬね
2おあいうえ
3こかきくけ
4そさしすせ